PART3: 文法だけに留まらないコミュニケーションとしての受動態
難易度☆☆☆☆☆英検1級程度もしくはそれ以上のハイレベル
先日7月の投稿、受動態の本質(PART1とPART2)では受動態が~されるという意味だけではなく、様々な意図があることをお伝えしました。今回はどのような状況で受動態が使われるかをイメージするために、例文と一緒にふれていきます。
1: 動作の対象にフォーカスする
受動態の最も基本的な役割としては、動作する人よりも、動作の対象や結果に注意を向けることです。これは出来事そのものが重要である場合に効果的です。
・ニュース報道(出来事の強調)
例: A new environmental regulation was passed by the government. (政府によって新しい環境法が可決された。)
誰が環境法を可決したかよりも、新しい環境法が可決されたという事実が主要なニュースとなります。A new environmental regulationを強調しています。
・学術論文・科学論文(客観性の強調)
例1: The experiment was conducted by the expert. (その実験は専門家によって行われた。)
論文では、研究者個人単体ではなく、実験のプロセスや結果に対して客観的にフォーカスするために受動態が頻繁に用いられます。研究者と主題との間に距離を置くことで、研究者自身の主観をなくして、より客観的かつフォーマルな印象を与えることができます。研究報告書、マニュアル、公式文書などで、個人の行動ではなくプロセスや事実そのものを強調する場合に特に役立ちます。
例2: A 10-gram sample of the compound was first weighed on a precision scale.
The sample was then heated to 100°C in a beaker. (精密スケールで10グラムの化合物サンプルを量った後、そのサンプルをビーカー内で100℃に加熱した。)
例3: The sodium hydroxide was dissolved in water and this solution was then
titrated with hydrochloric acid.(水酸化ナトリウムは水に溶けた後、この溶液は塩酸で滴定された。)
科学的な実験プロセスを記述する際の典型的なスタイルです。これら2つの受動態の文章は、実験を行った研究者自身ではなく、プロセスと化学物質そのものに着目しています。誰が実行しても同じ結果が得られるという、論文に求められる客観的なトーンを保つことが可能になるからです。
2: 意図的な情報の曖昧化と責任回避
受動態は、対象が不明、無関係、もしくは意図的に言及しない場合にも役立ちます。特に政治や企業コミュニケーションでは、責任を曖昧に使用されることがあります。
・責任回避のための表現
例: Mistakes were made. (間違いがあった。)
誰の間違いかを明言しないことで、特定の個人や組織の責任を回避しています。
例: Interest rates will be raised on September 30, 2025. (金利は2025年09月30日に引き上げられます。)
受動態を使うことによって、金利を引き上げる決定を下した主体から注意を逸らし、顧客の不満を和らげようとする意図があります。
・行為者が不明または無関係な場合
例: My car was stolen! (私の車が盗まれた!)
泥棒が誰であるか分からない状況で使えます。私の車を主語にすることで状況を正確に伝えます。
例: The street has been closed. (道は閉鎖された。)
道を閉鎖したのが誰であれその情報は重要ではなく、強調したいのは道が閉鎖されているという事実です。
3: 文脈上の効果
受動態は、焦点を変更するだけでなく、文章のスタイルや読み手に与える印象を調整するためにも使用されます。
〇文章の流れをスムーズにする
例: After a long debate, the proposal was endorsed by the committee. (長時間の議論の末、その提案は委員会によって承認された。)
この文章は、the proposal(提案)を主語にして、先行する文脈から一貫してこの主題を続けることで、より自然で論理的な文章の流れを作り出すことができます。能動態では、The
committee endorsed the proposal...となりますが、この形にすると文章の主題がぶれることで主語が頻繁に変わり読者の集中を妨げることがあります。
この文章を使って、能動態と受動態を比べてみます。
能動態:After a long debate, the committee endorsed the proposal. The proposal
was then sent to the board for final approval.
受動態:After long debate, the proposal was endorsed by the committee. It was then
sent to the board for final approval.
能動態では、主語がthe committeeからthe proposalに変わるため、スムーズさに欠けてしまいます。受動態では、the proposalがどちらの文の主題として機能するため、流れが一貫し内容を追いやすくなります。
他の例も見てみましょう。
能動態:The Roman Empire fell in 476. A combination of internal conflicts and external
pressures caused the decline.
受動態:The Roman Empire fell in 476. The decline was caused by a combination of
internal conflicts and external pressures.
受動態では、前文で示されたdeclineを次の文の主語として引き継いでいます。歴史的な出来事とその原因とのつながりを強調しています。
〇一般的な事実
行為者が誰であっても変わらない、一般的な事実を述べる際に受動態が使われることがあります。この用法は、ことわざや格言でよく見られます。
例: Rules are made to be broken. (ルールは破られるためにある。ちなみに、これは英語圏でよく使われる格言です。ルールを破るべきという意味ではなく、ルールは絶対的なものではないので、状況に応じて柔軟に対応して、時には破る必要もあるという考え方です。)
特定の誰かには焦点を当てていません。ルールという概念と普遍的な事実を強調することで、格言的な意味合いを表しています。この文章では、誰がルールを作り、誰がルールを破るかという特定の誰かには焦点を当てていません。
例: A good reputation is earned, not given. (良い評判は与えられるものではなく勝ち取るものだ。)
誰が評判を得るかということよりも、評判という概念自体が努力によって得られるという普遍的な真実を強調しています。この受動態の形は、誰であっても評判を築くには努力が必要であるというメッセージを伝えています。
4: 日本語の受動態との比較
英語の受動態は主に焦点のシフトや責任回避といった目的で使われますが、日本語の受動態はどうでしょうか?最後に日本語と英語を言語的観点から比較してみましょう。
・迷惑の受身という独自の表現
例: 雨に降られた。
英語には直訳できない迷惑の受身は、動作の直接的な対象ではないにもかかわらず、話し手が不便や迷惑を被ったという感情を表現します。単に事実を述べるだけでなく、話者の感情を強く伝えています。
・言語類型論での違い
英語は主語を中心に文を組み立てる言語です。主語優勢言語と呼ばれています。それに対して日本語は、文の話題を自由に配置できる主題優勢言語です。日本語は受動態を使わずとも文の焦点を変えることができるので、受動態の使用頻度は少ないと考えられています。
主語優勢言語と主題優勢言語の違いを簡単にまとめてみました。
・主語優勢言語 (subject-prominent language)
主語を中心に文が構成される言語。主語は文法的に重要で、動詞の活用形が主語の人称や数に一致することが多い。主語が明確に存在しており、主語の省略は基本的なありません。英語、フランス語、ドイツ語などです。
・主題優勢言語 (topic-prominent language)
主題を中心に文が構成される言語。主題は~について言えばといった意味で、文が何についての話であるかを表しています。主語が明確でなくても文が成立することがあり、主題を示すための助詞(日本語の「は」など)が重要な役割を持っています。日本語、中国語、韓国語などです。
受動態は、~されるといった意味だけではなく、コミュニケーション上で強調、客観性や責任の回避といった様々な役割を担います。文法的に正しい文章をつくることはもちろん、どのような印象やメッセージを伝えたいかによって、能動態と受動態を意識的に使い分けることが大切です。
